2008年2月23日(土)

葦毛塚

東京都目黒区五本木1-18

葦毛塚の碑

世田谷区上馬と下馬は、旧馬引沢村が上馬引沢と下馬引沢に分離した後、地名の後半が省略されたものだそうだ。「馬引沢」という名前は、源頼朝が付近を通った際に、道が悪いので「馬は乗らずに引いていけ」と言ったことに由来するというのだが、肝心なところが省略されてつまらない名前になってしまった。

島

蛇崩川緑道を辿っていくと、頼朝が馬を繋いだ松がある駒繋神社や斃れた愛馬を葬った葦毛塚など、彼の馬に関する事跡をほかにも幾つか見ることができる。頼朝と縁が深い土地だった、と言うよりは、一回の事件がいろいろな切り口で伝えられているのかと思われるが、葦毛塚に設置された解説版には周辺には馬の放牧場が広がっていたという記述があり、昔から馬に縁のある土地であったことは確かなようだ。

葦毛塚には昭和44年(1969)に下馬史跡保存会が建てた「芦毛塚之碑」が建っている。

※ 世田谷区教育委員会の説明板が立っており、世田谷に縁のある史跡ですが、なぜか住所は目黒区です

世田谷区教育委員会の説明板