女塚神社
東京都大田区西蒲田6-22-1
新田義貞の子・新田義興は、南北朝の政権争いの中で、足利基氏(足利尊氏の子)の策略にかかって矢口の渡し(現在の多摩川大橋)付近で命を落した。
実は、矢口での事件の前にも暗殺計画があったのだが、首謀者である竹沢左京亮が義興に取入ろうとして差出した上臈・少将局の機転により計画は失敗している。少将局は竹沢左京亮によって殺害され、彼女を供養し祀ったのが蒲田にある女塚(おなづか)神社だ。神社のHPでは、ことの顛末がアニメとなって紹介されている(現在はリンク切れ)。
色に弱い武将や身内に裏切られる悪者など、矢口周辺にある新田神社等の史蹟に伝えられている堅めの話とは違った面が見られて、ちょっとおもしろい。