澤原邸三ツ蔵
広島県呉市長ノ木町3-15
現地に行くまでその存在を知らなかった。呉の町を覆う海軍と大和の物語にいい加減辟易していた時、ふと目にした映画「この世界の片隅に」(2016)のロケ地マップを見て、そういえばこんな建物の前をすずさんが歩いているシーンがあったっけ、と思い出して行って見ることにした。
「旧澤原家住宅」として国の重要文化財に指定されていながら、観光ガイドでの取り扱いは小さく、所在もはっきりしない。アバウトな情報を頼りに何となくあたりをつけて訪ねたのだが、案の定迷った。
迷い込んだ尾根道は旧長ノ木街道という、江戸時代には重要な道だったらしい。途中、道の両側に古くて威厳のある建物や白壁の土蔵の並ぶ区間を通り過ぎたが、何の説明もない。その先の住宅街で出会った人に道を尋ねたら、その古い建物群から山を下りたところに三ツ蔵があると教えられた。そのあたり一帯の建物群が、「旧澤原家住宅」だったのだ。
男たちは叫び、女たちは号泣し、爆弾が爆発して、船が沈む。映画やTVドラマで描かれる今までの呉のイメージは、偏見かもしれないが、そういう騒々しく暑苦しいものばかりだった。それを一新したのが「この世界の片隅に」だ。映画は、戦時下にも静かにひっそりと、淡々としかしたくましく生きる市井の人々の暮らしがあったことに、改めて気づかせてくれた。
その映画に導かれてここに来てみると、その前にもさらに前の時代にも脈々と続いてきた名もない庶民の歴史があったことに思い至る。呉も広島も東京も、どこも変わらない、この世界の片隅なのだ。
海軍だけではない呉を見られてよかった。
(呉市教育委員会の説明板): 澤原家近世・近代史料 | 宇都宮黙霖翁終焉の地