牛首の滝
東京都あきる野市養沢1607(養沢鍾乳洞)の手前
七代の滝から、現在は閉鎖されている養沢鍾乳洞へ向かう山道の分岐まで降りてきた。ここに自転車を置いて沢沿いの道を鍾乳洞方面へと分け入っていく。10分ほど歩くと道標があり、ここから右手上方へと登山道は谷筋を離れていく。正面には森に呑み込まれるように消えていく朽ちた桟道。その下に牛首の滝が落ちている。
両岸から迫る岩壁の間に、大きな岩がふたつ挟まっていて、その岩を上下から越えてくる流れと、右手の大岩の上から落ちてくる流れがクロスしている。中央でぎゅっと絞られて、また広がって落ちる姿が美しい。
あたりはひっそりと静まりかえって、耳から入った滝の轟音さえ意識に届く途中で消えていく。時折遠くからこだましてくるヒグラシの声が、もの悲しく寂しい気分をかき立てる。
誰にも気兼ねすることなくゆっくりと写真を撮れるぞと、三脚を据えてファインダーを覗くのだが、何となくそわそわとして落ち着かない。誰もいるはずはないのだが、後ろが気になってきょろきょろしてしまう。
わたしは自分を臆病者だとは思っていないけれど、人智を越えたものを受け入れ、自然に対して畏敬の念を持つ心は持っている。もしここに天狗がいるなら会ってみたいと思ったけれど、それにはもう少し修行が必要かもしれない。
そんな不安な気持ちで滝を眺めていたら、昔読んだ推理小説のことを思い出した。そう、滝の形が、エラリー・クイーンの「Xの悲劇」の中で、殺された男が中指と人差し指を重ねてつくった「X」の字のように見えてきたのだ。