中野の石臼
東京都中野区本町1-32-27(石森ビル) / 中央2-33-3(宝仙寺)
中野坂上から坂下(淀橋)へ青梅街道を下る途中に、大きな石臼を玄関先に飾ったその名も「ストーンミル」(stone mill=石臼)というマンションがある。同じビルの別の入口には製粉会社の名前が書かれていて、かつてこの地で活躍していた石臼をモニュメントとして置いてあるのだという。
石臼の後ろに書かれているのはソバの花だ。江戸時代には武蔵野台地で生産されたソバの実(玄蕎麦)が青梅街道を経由して中野に集められ、「ぬき屋」と呼ばれる業者が皮を剥いて実を抜き江戸市中のそば屋に供給していた。中野は多くのぬき屋が集まる、ソバ産業の重要拠点だったのだ。
神田川で水車をまわし、石臼でソバの実を挽いていたのだが、近年の機械化とともに石臼は使われなくなり、工場の多くも他所へ移転してしまった。中野坂上の宝仙寺には、使われなくなった石臼を集めて供養した石臼塚がある。