三塩軌道跡
山梨県山梨市三富上釜口
西沢渓谷歩道の帰り道は、右岸の高みに沿った旧森林軌道(三塩軌道跡)を行く。ところどころに鉄路が残っている跡を見ることができるが、ほとんどは普通の山道になっていて特に苦労もなく順調に下りてこられる。
特に見るべき景色もなく、注意を要する難路もないと、とんとんとリズム良く進む足どりが、ゆりかごに眠る赤ちゃんを優しく叩く母の手のように心地よく脳を刺激して、気持ちがどこかへ飛んで行ってしまうようだ。
山道を登りながら考えた…のは漱石だが、わたしは歩くにつれて無心になっていく。なんの憂いもなく究極のリラックス状態で歩いていくと、景色も目に入らず、まわりの音も気にならない。はっ!と気付いて、あれ、どこを歩いていたんだっけと思う空っぽなわたし。そのカラッポ感が気持ちいい。
実際の森林軌道はそんな呑気なものではなく、ところどころに「○○ころばし」という遭難の跡が残っている。路肩が崩れて線路が空中に飛び出しているところもあり、昔の人たちの苦労が偲ばれる。
当時のトロッコに動力はなく、ブレーキだけで速度を調節して塩山駅までの下り坂を走っていったそうだ。その道はいまも変わらず、わたしも山道を終えて自転車に乗り換えると、ほとんどペダルを漕ぐことなく1時間足らずで駅までの帰り道を駆け下りた。