2017年10月9日(月)

旧日本銀行広島支店

広島県広島市中区袋町5-16

旧日本銀行広島支店

広電袋町電停から古い建物が見えた。

原爆で一切が薙ぎ払われたと思っていた広島市内の、それも爆心から380mしか離れていない場所に戦前の建物が残っているとは思ってもみなかった。竣工は昭和11年(1936)。現在は広島市の管理のもと、原爆資料の公開やアートイベントなどに利用されている。

被爆当日は負傷者の収容所として使用され、翌々日の8日には被害にあった各金融機関の窓口を集めて銀行業務を再開したというから驚きだ。現代なら除染され安全が確認されるまで営業はおろか立ち入りも禁じられるところだが、放射線量を計測する技術も、そもそも放射能汚染に関する知識も乏しかった時代だったから出来たことなのだろう。

原爆投下による直接の被害とは別に、その後の復興作業の中で被曝された方も多くいたことだろう。悲しいことだが、それが広島の復興の力になったのだとすれば思いは複雑だ。

わたしの勉強不足故だとは思うが、そういう二次被害についてはこれまで耳にすることが少なかったように思う。原子「爆弾」によって破壊されただけではない広島を、もっと知りたいと思った。

広島市教育委員会の説明板 | 被爆被害について