2018年2月4日(日)

大塚・歳勝土遺跡公園

神奈川県横浜市都筑区大棚西1

竪穴住居跡

中学生の頃、学校の向かいの空き地で発掘調査をやっていた。小学校建設予定地から、後に染地遺跡(杉森遺跡)と命名される大規模な集落跡が発掘されたのだ。初めて見る遺跡が物珍しくて、下校時に何度も見に行ったものだった。

復元住居

港北ニュータウンにある大塚・歳勝土遺跡公園に保存されている、竪穴(式)住居跡の発掘当時の様子を再現した遺構を見て、当時のことを懐かしく思い出した。

「竪穴式」という通り、住居跡は掘り下げた穴の底にある。その段差を子どもたちが飛んで降りるのを見て、わたしたちも昔そんなことをやったなぁと思ったのだが、当時は規制が緩かったのか、今そんなことを発掘現場でしたら大目玉を食らうことだろう。

歳勝土遺跡は、住宅地である大塚遺跡に付随する共同墓地の跡だ。数が多いので、復元されなかった跡には線画のように石を並べてその形が示されている。死体の痕跡をチョークで書いて示す殺人現場の現場検証みたいな景色がたくさん並んでいる様子はちょっと不気味な感じがした。

遺跡公園の隣には、かなり時代が下った江戸時代後期の民家が保存されている都築民家園がある。

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