2018年3月17日(土)

故浅沼稲次郎生家

東京都三宅島村神着 浅沼公園

銅像

夕方になったけれどまだ明るいので、もう少しブラブラしたいなと思って宿の前を通り過ぎたところで「浅沼稲次郎先生銅像と生家あり→」という案内を見つけた。

生家

「先生」と呼ばれる人の銅像に興味はないけれど、「浅沼稲次郎」という名前が引っ掛かって都道から横道に折れた。

昭和35年(1960)に日比谷公会堂での演説中に、右翼の少年に刺されて亡くなった政治家だ。どんな思想信条の人か、何を業績として残した人なのか、浅学にしてわたしは知らないが、図らずも暗殺の現場が全国にTV中継されたことで知られている。その決定的瞬間を捕らえた写真(撮影:長尾靖(毎日新聞))は日本人初のピュリツァー賞を受賞した。その衝撃的な写真映像が、まざまざと脳裏に甦ってきた。

雄山を背にして立つ恰幅の良い姿は、どこかの国の独裁者の像を彷彿とさせる。浅沼氏はそういう人ではなかったはずだが、建てた人たちはこういうイメージを持っていたのだろうか。歴史に残る人のイメージが、時間の経過と共に変わって一人歩きしていくという例をよく聞くが、そういうことなのかな。いやいや、わたしの単なる思いこみだろう。

凶刃に斃れ中断されてしまった演説を、聴く人もいない離島の片隅で、彼は今も続けている。

銅像の説明