2006年5月3日(水)

「山吹の里」の碑

東京都豊島区高田1-18-1

碑

一時期、今年のNHK大河ドラマ「功名が辻」の山内一豊と、「われに七難八苦をあたえたまえ」と三日月に祈ったという山中鹿之助を混同していたことがあった。奇しくも天文14年(1545)の同い年生まれではあるが、片や内助の功に助けられて戦国時代を生き抜いた初代土佐藩主と、主君尼子氏再興の夢破れて散った戦国武将では、「山」の字以外にほとんど共通点がないのに勘違いも甚だしい。

私が山中鹿之助を知ったのは、マンガ「巨人の星」(作:梶原一騎、画:川崎のぼる)。大リーグボール2号の打たれる日を予感した星飛雄馬が、その心境を山中鹿之助に倣って、「われに七難八苦をあたえたまえ」と語るシーンだった。巨人の星にはこのほかにも様々な引用があって、今でもことあるごとに思い出す。

同じ頃読んだ別の本に太田道灌と山吹の話(教育委員会の説明参照)が載っていた。向学心に燃える(!?)少年の心に、道灌が無学を恥じたという話は強く印象に残っている。

私が記憶する限り、高校中退の飛雄馬はこういう話を聞かされるばかりで、自分から言い出すのは珍しい。彼もたくさんの人から話を聞かされ、道灌のように勉強したのだろう。

豊島区教育委員会の説明板