2006年8月20日(日)

焼け残った電柱

東京都台東区三筋1-13

焼け残った電柱

日本の映画やドラマを欧米で放映する時、蝉の声を消すという話を聞いたことがある。向こうの人には、あの声が騒音にしか聞こえないらしい。

具体的に蝉の声がする映画の名前はすぐに出てこないけれど、ふと、わたしの脳裏に浮かんでくるのはこんなシーンだ。

門口に呼ばれて手にした戦死広報。一瞬、時間が止まり世界から音も色も無くなってしまう。そしてその直後に、爆撃のように降り注ぐアブラゼミの声。

陽炎の立つ道をうつむき加減に早足で歩いていく喪服の女性を追いかけるように鳴いているミンミンゼミ。

主を失った家の縁側に、放心したように座り込む老婆を包み込むヒグラシの響き。

「おじいちゃんは戦争で死んだの?」と訊きながら庭先でスイカにかぶりつく子供。その頭の上を飛び去るツクツクボウシの余韻。

なぜか蝉の声は「夏のあの日」を想起させる。実体験はないけれど、どこかで見た(あるいは繰り返し見た)戦争ドラマの記憶かもしれない。

一面の焼け野原となったあの夏の東京に顔を出した蝉は、地中にもぐる前に見た景色との落差に驚いたことだろう。こんな風に、わずかに残った電柱にしがみついて歌った歌は、人々の心にどんな風に届いたのだろうか。

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