2004年11月27日(土)

犬屋敷跡

東京都中野区中野4-8-1

けやき通り

JR中野駅北側、駅を貫通する中野通りと北側の早稲田通り、西の環七に囲まれる区域には、かつて「生類憐れみの令」で有名な徳川五代将軍綱吉によって建てられた犬屋敷(中野御囲)があった。「一の囲」から「五の囲」に分けられた広大な犬小屋は最大時には三十万坪に及び、線路の南側の桃園川緑道あたりまでを含む地域が含まれていたという。

かこい

蚊を殺して切腹になった武士がいる、などと笑い話の種にされる史上最悪の法律だが、これによって恐怖政治が引かれていたかというとそう言うものでもなかったらしい。当時からこの悪法を揶揄するものは多くこれ見よがしに犬を虐めることがあったので、お犬さまを保護する目的で元禄8年(1695)に江戸市中の市ヶ谷、大久保、四ツ谷などに収容施設「御囲」が造られた。中野の御囲はそのなかでも最大のもので、総工費は二十万両にもなったという。江戸の町民や農民には飼育料として犬扶持と呼ばれる税金が課せられた。

けやき通りをはさんで市役所の西側にある囲町公園に名を残す旧町名の「囲町(かこいまち)」は、この御囲に由来する。

宝永6年(1709)綱吉の死後施設はただちに廃止されたが、収容されていた十万頭の犬たちはどうなったのだろうか。

史跡の碑 | 中野区教育委員会の説明板