高橋是清別邸跡
東京都世田谷区岡本3-35-10(玉川幼稚園)
二・二六事件(昭和11年2月26日(1936))で陸軍青年将校らの凶弾に倒れた蔵相高橋是清の別邸が、仙川から丸子川が分れる岡本の水神橋近くにあったという。今は幼稚園に建替えられたその跡地に寄ってみた。
昭和59年(1984)に選定された世田谷百景に「岡本玉川幼稚園と水神橋」の名で登録され、「山荘風の構えがよく幼稚園にマッチしている」と紹介されているが、すでに取り壊されて面影はどこにもない。同じ国分寺崖線沿いで目と鼻の先にある元衆議院議員小坂順造邸が世田谷トラスト協会によって保存管理されていることを思うと、区民の選んだ世田谷を代表する景観を守る手だてはなかったのかと残念に思う。
事件の舞台となった赤坂の自邸跡は公園(※)となり、建物は小金井の江戸東京たてもの園(写真右)に移築・保存されている。
※高橋是清翁記念公園(東京都港区赤坂7-3)