2001年8月11日(土)

是政八幡神社

東京都府中市是政3-20

是政八幡神社のけやき

このあたりは是政と言う地名がついているが、府中競馬場の南にある是政八幡神社の解説板によると、戦国時代の武将・井田摂津守是政に由来すると言う。井田是政は天正18年(1590)の小田原落城に際して、この地に移り村を開いたらしい。

彼の墓所は府中競馬場の第三コーナー付近の大ケヤキのところにある。競馬場が建ち、中央高速が通って、まわりはどんどん変っていくけれど、頑なに是政の地を護ろうとしているかのように昔のままの場所にとどまっている。第三コーナーはよく落馬事故が起る魔のコーナーと呼ばれているが、それは井田氏の祟りと言うことになっているらしい。

八幡神社のケヤキも大きく見事で、府中の木百選に選ばれている。

是政八幡宮の説明