2010年4月17日(土)

B29墜落現場の慰霊碑

東京都青梅市柚木2丁目(銅ヶ沢右岸山腹)

慰霊碑

その石碑には「當所無縁一切聖霊」と彫られていた。このほかには一切の説明もなく、道しるべもない山の奥から青梅の町を静かに見下ろしている。添えられた卒塔婆には3月末の日付、供えられた花もそれほど時間は経っていないようだ。

展望

昭和20年4月2日未明、ここに米軍のB29爆撃機が墜落した。空襲を避ける人たちの疎開先に選ばれるほどに戦火から離れていた山村の人々にとって、それは身近に戦争を感じる大事件ではあったけれど、直接の被害がない分落ち着いた対応ができたようだ。墜死した兵士はこの近くに疎開していた小説家・吉川英治の提言により、村内の即清寺に手厚く葬られ、捕虜となった生存兵は戦後、無事アメリカに帰国したという。「宮本武蔵」を書いた吉川英治は、死者には敵も味方もない、と武士道の心を説いたのだ。

この碑は平成11年(1999)に山林を購入した方が個人で建てたもので、平成18(2006)年4月2日には横田基地の関係者も招いて日米合同の慰霊祭が行われた。慰霊祭のことを聞いた元搭乗員からは、「61年の恨みは全くなくなった」とコメントがあったそうだ。

釜の淵公園にある青梅市郷土博物館には、このB29のエンジンの一部が展示されている。

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