麒麟麦酒開源記念碑
神奈川県横浜市中区千代崎町1-25-21 キリン園公園
飲みに行けば第一声は「とりあえずビール」。麦芽以外の原料で作られる第三のビールやアルコールの含まれていないノンアルコールビールも含めてビールの人気は絶大だ。
もちろんビールは海外からもたらされたものであるけれど、歴史ドラマなどで外国人や西洋かぶれの日本人が飲む酒として登場するのはギヤマンのグラスに注がれた葡萄酒ばかり。ビールが飲まれるようになったのはいつ頃からなのだろうか。
多くの外国人が住んだ横浜居留地で、アメリカ人によるビール工場が生産を開始したのは明治3年(1870)のこと。これが後のキリンビールに引き継がれる「日本最初の麦酒工場」だ。
江戸時代に長崎に出入りしていたポルトガル人やオランダ人とは違って、幕末に横浜にやってきたアメリカ人は「ワインよりビール」と思ったのかもしれない。現在の元町公園の場所にかつて水屋敷(ミネラルウォーター工場)があったように、山手地区には豊富な清水が湧いており、これを利用してビール生産が開始されたのだ。
その創業の地には、昭和12年に建てられた巨大な記念碑が聳えている。関東大震災後に工場は生麦(現在の横浜工場)に移ってしまったけれど、碑の建つ「麒麟園」とその前を通る「ビアサケ通り」にその名を残して、その歴史を今に伝えている。
碑文 | 説明板 || 元町公園とジェラールの水屋敷跡