野菊の墓文学碑
千葉県松戸市下矢切261
伊藤左千夫の「野菊の墓」は、悲恋の物語、ということになっている。まだ恋愛が不自由であった時代に、主人公の政夫と民子は好きあっていながらも結婚を許されず、しかも民子は流産がもとで若くして死んでしまう。
若い頃には「なんてかわいそうな二人」と思っていたけれど、今回読み直してみて、別のことが気になった。臨終の民子は政夫の写真と手紙を左の手にしっかりと握って胸の上にのせていた、というくだりだ。
作者も読者も二人の側にいるので感動的に受け止めているけれど、彼女の夫はどう思ったのだろうか。いくら本人が望んでいなかったとはいえ、正式に成立した婚姻関係において、それは「不貞」ではないのか。夫は傷ついていないのか。
そんなことよりも、当時の感覚からすれば「高い結納金で買った嫁が早くに死んで大損だぜ」ぐらいにしか思っていないのかもしれない。だからそんな旧弊の犠牲になった民子がかわいそうだ、という論理が物語を感動的にしているとも言えるのだが…。
年をとると、またそれなりの読み方というものがあるのだな。