蚕種石
東京都町田市相原町295
繭の形をしたその石は、八十八夜が近づくと緑色に変色して、蚕を育て始める時期を知らせるのだという。暖かくなって苔むしてくるのだ、といっては元も子もない。
養蚕は蚕の命を絹に変えて自分たちの生活の糧にする産業だ。そういう神秘を信じる心は、人間以外の生き物の存在を認め、命の尊さを思いやる心なのだと思う。
この周辺は小字を「蚕種石」といい、アパートの名前にも「こたねいし」や「シルク」の文字が見える。「絹の道」で知られる鑓水も近く、かつては養蚕農家が集まっていた地域だったのだろう。今はその面影もなく、添えられた説明板の記述も少し的外れな感じだ。
かつては桑都と呼ばれ絹織物の町として栄えた八王子と輸出港のある横浜を結んだ絹の道の栄華は長くは続かなかった。ニュータウン開発で住民は入れ替わり、かつての歴史を知る人も少なくなっているのだろう。
この石が由緒のあるものならば神社などに祀られていても良さそうなものだが、こうして道ばたにポツンと置かれているその様子は歴史の風化していく様を象徴しているようだ。
少し侘びしい気持ちになった。