2015年6月2日(火)

塩ノ山

山梨県甲州市塩山上於曽

塩ノ山

学生時代、乾徳山登山のために何回か塩山に降り立ったことがある。もう40年近く前の話だ。「塩山」という名前を聞いて、どこかにそんな名前の山があるのだろうかとおぼろに思ってはいたけれど、まさかそれが駅のすぐ前にあるとは今日の今日まで知らなかった。

日本最古の日の丸のあるまち

塩山の由来となった「塩ノ山」は標高552m。甲府盆地を囲む山々からポツンと切り離されているので、「四方から見える山」から「しほ(う)のやま」と呼ばれるようになったそうだ。

越後の上杉謙信が敵対する甲斐の武田信玄に塩を送って援助したという故事は「敵に塩を送る」ということわざとなって知られているが、もしこの塩ノ山が塩でできていたら、信玄は塩不足に悩まされることはなかったに違いない。となれば、このことわざが生まれることはなく、塩ノ山は掘り尽くされて現代までその姿を留めなかったことだろう。「塩山」というちょっと気になる地名も生まれず、今日ここに来ることもなかったかも知れない。そんな妄想が湧いてくる。

「四方ノ山」が「塩ノ山」になったのには、海の無い土地に生まれた人々のあこがれが込められているのかも知れない。

塩山駅上りホームの端に建つ塩山駅開業90周年の記念碑は、この塩ノ山をかたどっている。表に書かれた「日本最古の日の丸のあるまち」とは、裂石の雲峰寺に伝わる日の丸の旗のこと。天喜4年(1056)に源頼義が後冷泉天皇より下賜され、後に武田家に移り、武田家滅亡に際して家臣たちにより雲峰寺に収められたもので、現存する日本最古の日の丸だそうだ。

「日本最古の日の丸のあるまち」碑の説明 | 雲峰寺