みるーる天神
福島県双葉郡楢葉町北田天神原1番地 天神岬スポーツ公園
天神岬の一角に設けられた津波防災対策ビューポイント「みるーる天神」から楢葉の里を望む。あの日、津波は左手に見える海から押し寄せ、眼下の木戸川を遡りその周辺に広がる田畑と集落の家々を呑み込んでいった。
展望デッキのまわりには津波に関する説明パネルが並べられ、傍らには津波の犠牲となった町民の名と被災状況を記した復興記念碑が建っている。
楢葉町の津波被害は三陸地方ほど甚大なものではなかったから、目の前の景色は、そうと言われなければ被災地とはわからないレベルに見える。しかし、津波は建物などの目に見えるものだけではなく、もっと大きなものをこの町から奪っていった。
視界の中央に大きく見えるのは、福島第一原発の事故による放射能汚染を取り除く除染処理施設と、その廃棄物の仮置き場だ。その向こうにたくさん並んで見える家々に、夜、明かりが灯ることはない、と地元の方に聞いて愕然とした。避難指示が解除されて1年が経つ今も、町民の9割以上は町外で暮らしているという。真っ暗な夜。それが、楢葉町の被災風景なのだ。それを想像するために、この展望台はある。
そう言われてみれば、確かに、サイクリングの途中で人影を見た記憶がない。ツール・ド・東北やツール・ド・三陸で走った時には、沿道にたくさんの人が集まって声を掛けてくれたし、南会津でも畑仕事の人がいたり休憩ポイントで土地の方と話す機会があった。田舎だから人が少ないのかな、ぐらいに軽く考えていたけれど、そんな呑気な話ではなかったのだ。
昔話かSF小説かなにかで、見た目にはなにも変わったところがないのに人だけがいない町の話を聞いたことがある。家の中では朝ご飯が食べかけのまま放置され、レコードがかかったままの蓄音機から静かな音楽が流れている。そんな情景を目の当たりにした主人公は、戦慄し、混乱し、呆然とその場に立ち尽くす。まさにここでは、それと同じ状況が起こっている。
復興記念碑には木戸川を遡上する鮭の姿が描かれている。生まれ育った故郷に帰る、そのあたりまえの願いが一刻も早く安全に叶えられる日が来ることを、被災地の人たちと一緒に祈りたい。