2006年7月22日(土)

飛行機貯金旅行会献木記念額

東京都新宿区新宿5-17-3(花園神社)

額

内藤新宿の花園神社で、おもしろいモノを見つけた。子供の絵日記のように神社と飛行機の絵が描かれた横長の額には、「同栄信用金庫飛行機貯金旅行會献木記念」と書かれ、昭和二十七年四月吉日と日付が打たれている。神社と飛行機の間には、=(東京)=(大阪)=(福岡)=と地名が丸囲いで記され、飛行機は福岡の更に先へ飛んで行っている。

拝殿

額に書かれた奉賛者芳名簿によると、この貯金によって3機の飛行機がチャーターされたようだ。一番機は4月4日午前8時発で、22人の旅行者と3人の世話人の名前が記されている。以下、二番機4月4日午後4時発 26人+4人、三番機4月5日午前8時発 28人+3人。

戦後日本初の民間航空便は昭和26年(1951)10月25日午前7時43分に、当時はまだ米軍基地だった羽田空港から大阪へ向かって飛び立ったチャーター機「もく星号」だった。羽田空港の一部返還は翌27年(全面返還28年)、日本航空株式会社の設立は昭和28年10月1日、国際線(東京―サンフランシスコ)の就航が昭和29年2月2日というから、このツアーはかなり早い時期に企画された事になる。当時の飛行機旅行は神社に額を奉納するほどの一大行事だったのだろう。

ちなみに、もく星号が伊豆大島三原山に墜落して乗客・乗務員37名全員が亡くなるという事故が起きたのは、奇しくも彼らが旅行をした4日後の昭和27年4月9日のことだった。

内藤トウガラシとカボチャ(JA東京)