2008年2月17日(日)

横田トンネル(旧日立航空機疎開先)

東京都武蔵村山市本町4-43(横田トンネル)
東大和市桜が丘2-167(旧日立航空機工場跡)

横田トンネル

空襲によって蜂の巣のようになった姿が痛ましい東大和南公園の旧日立航空機(株)変電所で、多摩の戦跡写真パネル展を開催しているというので出かけてみた。

パネル展が開かれている一階の内装はきれいになっていたが、二階へ上がる階段には窓を貫通した機銃掃射の痕が生々しく残っていた。

弾痕

展示を見て初めて知ったのだが、工場は空襲を受けた後、羽村から村山貯水池(多摩湖)へ伸びていた軽便鉄道跡の横田トンネルに疎開して操業を続けたという。前回はこのあと、その横田トンネルから野山北公園自転車道を走ったのだが、まさかそんなことがあるとは想像もしなかった。

あの夏の日、トンネルの中は天然のクーラーが効いて気持が良かったけれど、地下水がポタポタと垂れる暗くて狭い空間は、職場として考えればひどい環境だった。あの山の中で、人々はどんな気持で働いていたのだろうか。

(前回(2004/7/18)の記事) 野山北公園自転車道 | 旧日立航空機株式会社立川工場変電所