赤い靴の少女像
北海道函館市末広町23
横浜の埠頭(はとば)から船に乗って 異人さんにつれられて…
アメリカに行ったはずの赤い靴を履いた女の子の像が函館にもあった。隣に童謡「赤い靴」の歌詞を記した碑が建つほかは何も説明がなく、なぜここにあるのかはわからない。
函館市の観光情報HP(はこぶら)によると、「赤い靴」にはモデルがいたらしい。少女の名は「きみ」といい、母とともに静岡から北海道へ渡ってきたが、その後アメリカ人宣教師の養女となり、海を渡ったというのだ。
像の後ろには、当時の北海道の入口だった東浜桟橋(旧桟橋)がある。親子もここに降り立ったのだろう。ヒグマを模った北海道第一歩の地碑が建てられている。
この話には諸説あり、きみちゃんは病弱だったためにアメリカに渡れず、麻布十番の孤児院で亡くなったという説もある。これに基づいた「きみちゃん」の像が麻布十番商店街のなかほどに建っている。
「赤い靴」にはモデルなんかいない、すべては野口雨情(作詞)の創作だという説もあり、諸説紛々だが、「母と別れて遠く(それが異国か天国かは別として)へ行ってしまった少女」という話が多くの人の胸を打ってきた事は確かなようだ。
少女像の作者は函館出身の彫刻家・小寺真知子。五稜郭にある土方歳三や元町公園下にあるペリー提督の像の作者でもある。
麻布十番にある「きみちゃん」の像 || 北海道第一歩の地碑 (碑文) | (説明) || ペリー提督の像 | 土方歳三の像