2019年4月18日(木)

羽生地区

東京都西多摩郡日の出町大久野1205付近

上羽生家

日の出町の地図を見ていたら「羽生の里」という文字を見つけた。以前、ヒメザゼンソウを見に行った時に目印にした羽生人形店の近くだ。確かに「里」という呼び名が似合うほのぼのとしたところだったな、と思って訪ねてみた。

中羽生家

羽生は「はにゅう」ではなく「はぶ」と読む。羽生の里は老人ホームの名前だったけれど、周辺には立派なお屋敷を連ねた旧家が並んでいていい雰囲気。旧家の名は羽生家。前の道は羽生通り。羽生の里と聞いて想像していたイメージからそれほど遠くない景色が見られたので、結果オーライということかな。

周辺には羽生家が多いので、西、上、中、下羽生といった屋号で呼ばれており、それぞれに歴史を感じる逸話が残されている。

三階建ての土蔵と重厚な薬医門が目を惹く上羽生家には、柏尾で敗れた甲陽鎮撫隊(新選組)の佐藤彦五郎が匿われていたことがあり、その時に残していった近藤勇の書簡が保管されているそうだ。

日の出町は卒塔婆作りが盛んで、全国で60%以上のシェアがあるという。その発祥の地が長屋門のある中羽生家で、元禄時代にお伊勢参りに行った帰りに病気のお坊さんを助けたのが縁で、卒塔婆作りを始めたと伝えられている。

ヒメザゼンソウ | 柏尾古戦場跡