2017年8月22日(火)

女川いのちの石碑 4

宮城県牡鹿郡女川町鷲神浜荒立42付近

石巻方面

石巻から女川街道(国道398号線)を走って女川に向かう。牡鹿半島の付け根で半島の先に行くコバルトラインに別れて尾根を乗っ越し、100mほど下った所に石碑が建っている。

女川方面

碑文には「もし、大きな地震が来たら、この石碑よりも上へ逃げてください」と記されている。

東日本大震災で大きな津波被害に遭った女川町の中学生・卒業生たちが、震災の教訓を後世に遺すために建てた「女川いのちの石碑」だ。

石巻からここまでの道は、見ようによっては震災の跡がほとんど感じられない、よくある地方都市と漁村の風景だった。その景色が、この碑を境に激変する。下り勾配の道のカーブの先に現れた女川町は、震災から6年が経った今でもまだ、ほとんどが更地のままだ。その落差に愕然とする。

2015年の国勢調査に寄れば、女川町の人口は6,334人で、前回(震災前)2010年の10,051人に対する減少率37.0%は全国第2位の高率だったそうだ。その事実が胸に迫る光景だ。

石碑にはそれぞれ異なる句が添えられている。この碑には「逢いたくて でも会えなくて 逢いたくて」と彫られていた。

女川いのちの石碑 碑文 | 女川いのちの石碑 1(女川中) | 女川いのちの石碑 3(宮ヶ崎)