三木露風墓所
東京都三鷹市牟礼5-14(大盛寺別院墓地)
人見街道と連雀通の交差点近く、元禄年間の庚申塔と火の見櫓の建つ角を南へ少し入ったところに、「史蹟 赤とんぼの墓 入り口」と書かれた古い木の看板を見つけた。丁寧にも「赤とんぼの」の字が赤く塗ってある。
もちろん虫の墓などではなく、童謡・赤とんぼを作詞した三木露風の墓所だ。
おいしいウサギが食べられる(?)「ふるさと」と並んで、誰かに追われて見た赤とんぼの恐ろしさ?などと笑い話にもされる童謡の作詩者は、赤とんぼを世に出した後の昭和3年から交通事故で亡くなる39年までを三鷹の地で過ごした。
昭和39年(1964)といえば、東京オリンピックが開催された年だ。東京の都市化が急速に進んだ時期でもあり、歌に唄われたような光景が消えていった頃でもある。そんなときに輪禍に斃れるとは何という皮肉か。
墓所の奥に、不思議なものを見つけた。
数メートルはあろうかという枯れ木が、ブロック塀の上に置かれて蛇踊りのようにうねっているのだ。英語ではとんぼのことを dragonfly という。まさかドラゴンつながりのシャレではあるまいが、おもしろいいたずらをする人がいたものだ。