2004年7月18日(日)

柳窪

東京都東久留米市柳窪4-15(黒目川天神社)

黒目川

田無(西東京市)という地名があるように、昔から武蔵野台地では米はあまりとれなかった。代わって作られた小麦を用いたうどんが名産となり、「武蔵野うどん」として知られている。

東久留米市の柳窪には戦前まで地名を冠した「柳久保」と言う品種の小麦があったという。この麦は丈が高く、食用もさることながら、むいから屋根を葺くのに重宝されたようだ。

屋敷林

「柳久保」が絶えてしばらくの間に、麦畑が無くなり、むいから屋根が無くなり、周囲は小市民の住宅で埋め尽くされてしまった。そんな中で、小平霊園の北側、黒目川に沿って位置する柳窪の集落だけは、旧家の屋敷林や点在する畑と共に昔ながらの姿のまま残ってきた。ほっとする雰囲気が漂っている。

かつての武蔵野の面影の残る中を走っていると、元は広い屋敷であったのだろうかと思われる一角で、分譲住宅の展示会をやっていた。旧家の相続問題でもあったのだろうか。小さくて同じような家が、ぎっしりと建ち並んでいる前で、外から来た人たちが集まって談笑している。「緑が多くて、静かで良い」と家を買っていく人たちが増えると、緑が減って静かではなくなってしまう皮肉。

この風景は、いつまで残っていられることだろうか。

(説明板) 柳窪梅林の碑 | 柳久保小麦(JA東京)